新潟県十日町市〜大地の芸術祭に行ってきた 後篇〜

廃校を改装したかたくりの宿

秘境の郷で棚田を守る人々

初日は秘境と言われる秋山郷の「かたくりの宿」に泊まった。
ここは極僻地のために義務教育が免除されたという歴史をもつ山の中。どちらかというと、長野県栄村の方が生活に身近な地域らしい。

アクセスするには車がすれ違うのもままならない崖道をひたすら走らなければならない。そして、ようやく廃校を再生したこの宿にたどり着いた。
チェックインを済ませて部屋で荷物を降ろし、まだ明るいうちに宿から徒歩でアクセスできる景勝地「結東の石垣田」へと向かった。

明治時代から集落の人たちが守ってきた広大な棚田は、もともと土から石ばかりが出てきて稲作ができない土地だった。しかし食糧への危機感から、この谷あいの傾斜地に村人の努力で石積みして開墾したという歴史をもつ。

棚田をひと目見たくて夕方の山の中を歩く。すると後ろから軽トラックが近づいてきた。すれ違いざまにおじさんと軽く挨拶。しばらくすると、走り過ぎた軽トラックが再びバックで戻ってきた。

「どこまでいくの?」

「暗くなる前に棚田を見てみようと思ってます」

「これから自分の田んぼまで行くから乗ってくかい?」

軽トラの荷台から広大な田んぼが広がる結東の石垣田を見渡す。

長い間集落の人が守ってきた石積みの棚田。石の隙間から雑草が生えてくるため、手入れしなければ石が崩れてしまう。

笑顔のステキなおじさんだった。
軽トラックの荷台にヨメと2人で乗せてもらう。風を感じながら走る車が棚田の中へと入る頃には、街頭のない谷あいの郷はみるみるうちに暗くなってきた。田んぼにハマりそうな細い道だが、おじさんの軽トラは構わずビュンビュン飛ばす。
そしてしばらくすると、ひとつの田んぼに到着した。

秋山郷は十日町よりも標高が高く山深い土地だ。熊やイノシシ、猿などの野生動物が頻繁に現れるワイルドな自然の中で人間も暮らしている。

そんな土地だから、当然獣害も起きる。
秋山郷に着いてから気になっていたのだが、山の中で「パーン」という空砲のような音が定期的に鳴り響く。山の中でマタギのおじさんが猟をしているシーンを勝手に想像してしまい、ちょっと怖い。

「あの音って、何なんですか?」とヨメがおじさんに訊ねた。

「あれでね、猿とかシカを追い払うの。でも動物は賢いから、もう慣れちゃってさ。最初だけだよね」

棚田を案内してくれたおじさん。棚田の保存や獣害と向き合いながら郷で暮らしている。

仕組みはよく分からないのだが、ガスボンベのガスを定期的に破裂させ、その爆発音で獣を追い払う装置らしい。あの音源がただの装置だと分かると、少し安心した。
おじさんは軽トラの荷台から先端が赤く点滅する棒を取り出すと、自分の田んぼの四隅に打ち込んでいった。なんでも田んぼの稲を食いつくしてしまうイノシシの侵入を防ぐための道具だそうだ。それにしてもいろんな道具がある。

おじさんは親切にこの郷と棚田の歴史を話してくれ、わざわざ遠回りして棚田の中をガイドしてくれた。
「せっかくここまで来てくれたんだから、いろいろ案内したくてさ」

地元の人はとても親切で気さくな人と、とてもシャイな人とに大体分かれる。
それもそうだろう。
あまりヨソから人が訪れない土地だ。それが芸術祭の期間中は若い人がこぞってやってくる。僕はこの山村の交流人口が増えることで、地元の人たちに誇りと笑顔をもたらしてくれていると思うことにした。

どこまでが庭か分からない、集落の美しい花々。

後継者の少ない山村。
高齢のおじさんたちは代々受け継いできた棚田や畑を維持するため、獣と格闘しながら毎日作物を作り続けている。秋山郷のような過疎高齢化の進む場所では、人口が減少するにつれ、自然界の力がじわじわと人間の住む世界を覆っていく。かろうじて持ちこたえている限界集落の未来は、一体どうなってしまうのだろう。

今年の芸術祭の作品で、そんな地方の現実にフォーカスした作品に出会った。
インド人女性アーティスト、シルパ・グプタの「忘れられた道」。

かつては集落の生活を支えていた道は、新道が整備されたため旧道となり、往来する人が減っていく。旧道の先には、あるお年寄りが耕す田んぼがあるが、もし彼が亡くなったらその道は忘れ去られた道になる。そうして数百年ものあいだ、集落の人が利用してきた無数の道は次々に失われ、人の住む領域は狭まっていく。

シルパの作品は十日町の主要幹線道路である国道117号から枝分かれする、とても小さな脇道を登ったところにある。
おそらく作家は、意図的に十日町で一番交通量の多い道路の隣を選んだのだろう。作品を目指して雑草に浸食された足元の悪い坂道を進む。いや、この道も忘れられた道のひとつであることは間違いなく、作品はこの道の入口から始まっているようだ。

緩やかな坂を進むと、道をふさぐ様に巨大なグレーの球体が現れる。
近づいてよく見ると、球体の表面は微妙に異なる色やテクスチャに経年変化したアスファルトの断片で構成されている。この球体はまさしく多くの忘れ去られた道たちの集積された塊で、それが車の往来する国道を見下ろしている。

地域への眼差しを卓越した美術手法で作品に仕上げた「忘れられた道」。
作品がここに存在する限り、ひっそりと、しかし力強く社会課題を問いかけている。

下條という集落にあるやきもの美術館「うぶすなの家」。地元のお母さんたちが手料理でもてなしてくれる。

地場の野菜をつかったランチ。フルーツのような味の水ナスや山菜。肉厚の妻有ポークなど、食べ応え十分。

過疎集落に移住して暮らすこと

2日目もたくさんの作品を見てまわった。
実は今年の大地の芸術祭で、もうひとつ楽しみにしていたことがあった。
春に東京から十日町に移住した、友人のカッちゃんとカナちゃんの家に1泊させてもらうことになっていたのだ。

夕方、カナちゃんの仕事場まで車で赴き、喜びの再開。3人でカッちゃんの待つ自宅へと向かった。

カッちゃんは、今回ミュージシャンとして芸術祭にも参加している。
「江戸に戻せ」が合言葉の和楽器集団「切腹ピストルズ」。普段から野良着をスタイリッシュに着こなし、パンキッシュなスタイルで腹に響く和太鼓などを演奏、全国各地でオーディエンスを高揚させている。
今回、彼らは会期中に芸術祭の主要施設である十日町のキナーレから松代の能舞台まで約30kmを楽器を鳴らしながら練り歩いた。カッちゃんは篠笛を担当している。

芸術祭の拠点施設のひとつ「農舞台」には、切腹ピストルズの写真が展示されている。

「きっと気に入ると思うよ」というカナちゃんの言葉どおり、圧倒的な古民家だった。囲炉裏のある黒光りした床板、太い柱と梁。昔ながらの農具類が置かれた部屋など、いくつもの空間が引き戸で仕切られており、ハシゴの様に急な階段を上がれば、2階にも使いきれないほどのスペースがある。

水道は通っているが、トイレは汲み取り式。
一番驚いたのは、玄関。
家の外と中は破れて穴だらけの障子とすだれで仕切っているだけで、境界が著しく曖昧だ。
十日町で飼い始めた子猫のトビ丸はとても人懐っこく、穴の空いた障子をすり抜け、家の外と中を走り回っている。ここには戸締りという言葉はいらない。

夜になると裸電球の周りを虫がとび、飛び跳ねる虫も結構登場する。
除菌・抗菌が好きな人には絶対に向かない家だ。
一晩をカッちゃん宅で過ごしてみて、ひとつ気づいたことがある。

「虫は3日で慣れる」

この日は寝ている枕元に赤ちゃんの手の平くらいの大きさの蛾が飛んできても、トビ丸がすべて退治してくれた。しかし、自分はそのうち自らの手で蛾を捕まえることができるだろう。そう確信した。

切腹ピストルズのメンバーであるカッちゃんは、まさしく江戸時代に戻った様な生活様式の古民家で、カナちゃんとトビ丸の3人で暮らしている。
僕はこの古民家が羨ましかった。カッちゃんが十日町に移住するとき、ほかにも紹介された家があったそうだが、ここを選んだ。
その理由は「圧倒的にカッコよかった」から。

そう、この家はカッコいい。
キレイで快適な家を求める人は多いが、空き家を探している人間にとって家はカッコよくて楽しいほうがいい。キレイな家は床や壁紙についてしまった傷や経年変化が気になる。家が高機能になればなるほど、メンテナンスにお金もかかる。だけど古民家は傷みも暮らす人が積み重ねてきた年月の味である。土台さえしっかりしていれば、修繕は住人自らがするもので、業者に頼むことではない。日本人は元来そういうシンプルな暮らしをしてきたはずだ。

僕たちは地元の人が訪れる近所の温泉でひとっ風呂浴びて自宅に戻り、カナちゃんが作ってくれたパエリアをつまみながらお酒を飲んだ。春に東京から越してきた彼らは、十日町の冬をまだ経験していない。田舎では都会とは比較にならないほど自然の力が大きく、ときにその厳しさと向き合うことになる。
それでも彼らは東京での暮らしに見切りをつけて、この豪雪地帯にやってきた。
日本全国、どの場所であっても、僕らのように田舎への移住を志向する人間は、似たような価値を共有できるから話が弾む。そして刺激をもらえる。

師匠のもとで、カッちゃんは無農薬の米づくりをしている。

よく朝、2人の家から出発して、芸術祭の旅を続けた。
ありがとう、カッちゃん、カナちゃん。
また遊びに来るね。


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