田舎での仕事づくり~コーヒーショップをオープン!~

那須町に来てから、コーヒーの焙煎を始めた。
東京にいるときは買ってきた豆をコーヒーメーカーで淹れたことしかなかった。
それがコーヒーを焙煎することの楽しさを覚え、生業のひとつとして考えるようになっていった。

コーヒーの生豆をネットで購入して、自宅で手網でふりふり焙煎をする。
最初はそんなシンプルな焙煎だったが、最終的なコーヒーがおいしくなるためにできることはもっとある。
これまでに自分が考えて、進めてきた経過をまとめてみる。

・手網でもおいしいコーヒーを作れるが、香りの強さや豆の特徴を引き出すためには焙煎機が必要。
・味を決定づけるのは、豆の品質。焙煎の設備や方法がよくても、いい豆でないとそれ以上にはならない。
・だからいい豆をいかに安定して仕入れるかが大事だ。
・品評で80点以上をつけた豆である、スペシャルティコーヒーのみを扱うことにした。
・那須に国際バリスタの資格をもつ方がいて、プロフェッショナルコーヒースクールに参加した。

こうした道筋を辿ってきたのだが、コーヒーを生業にすることを考えたときに、1年後か2年後くらいまでにどこかの建物をリノベーションしてカフェをオープンしたい、くらいに思っていた。
ところが、コーヒースクールも終盤に差し掛かったとき、ひょうんなご縁から「お店をやらないか」とお声がかかった。

場所は那須高原に観光に来る人のほとんどが通行するメインストリート、那須街道沿いにある「HaUS LIVING(ハウズリビング)」というインテリア雑貨店。そこの広い駐車スペースの敷地内に、小さな小さな小屋を建ててお店を開くというもの。

最初は迷いがあった。もともと自宅の離れの倉庫を改装したカフェという案があったし、観光客があまり来ない里山を盛り上げたいという思いがあった。そこでの生業づくりにこだわっていたし、むしろ条件の悪い場所を逆手にとった商売の可能性を探っていたからだ。

だけど協力隊の任期を終え、無収入状態でお店をオープンするということを考えたとき、すぐには自分にとって現実感に乏しかった。まず商売として成り立ちやすい那須高原でどこまでやれるか、頑張ってみよう。
何よりやることに決めたのは、やるか、やらないかずーっと考えてみても、答えなど出なかったから。
だったら、やるしかない。

一坪にも満たない小さな小屋でテイクアウト専門のコーヒースタンドをやる。これにも魅力を感じた。
高額な自己資金も借金もなくスタートできるし、自分ひとりで営業するのでうまくいかなければやめればいい。小屋づくりは大工さんに作ってもらったが、内装や看板などは友達に手伝ってもらいながら自分でやった。このコンパクトなサイズ感が、自分がずっと考えてきた小さな生業づくりのやり方にしっくりとくる。
コーヒーを出すために必要な道具から置きたい植物まで、すべて自分の好きなように揃えることができるのは、やっぱり楽しい。自分でお店をやることの喜びがここにある。

お店の名前はいろいろ考えた末「PALKI(パルキ)」に決めた。これはポルトガル語で公園を意味する「PARQUE」からネーミングした。公園のように気軽に立ち寄ってくつろいでほしいとの思いを込めている。東京にコーヒースタンドができてから久しいが、那須では初。しかもスペシャルティコーヒー専門のお店はそう多くない。実は今のところスペシャルティコーヒーとして認めるための公的な機関が存在しないため、実際にはスペシャルティコーヒーとはいえないものを扱っているお店でも、そう謳っているところもある。
専門の人がカッピングと呼ばれる試飲方法で豆の品評をすれば明らかなのだが、生豆の状態では見極めることが難しいことが、そういう状況を生んでいるそうだ。

僕はスペシャルティコーヒーを専門に扱う業者として定評のある、アメリカのコーヒー豆輸入会社の豆を使っている。しかし、残念ながらお店のオープンに際してあきらめたことがある。それは自分でコーヒー豆の焙煎をする自家焙煎ではなく、焙煎した豆を仕入れることにしたこと。本当は扱う豆をすべて自家焙煎でやりたかったのだが、お店の開業が急遽決まったため、焙煎機がない。手編み焙煎では、毎日お店で出すだけのコーヒーの量も質も確保できない。体力的にも厳しいだろう。だから焙煎機を導入してデータを取り、安定して確かな味を提供できるようになるまでは、自家焙煎はあきらめることにした。

そんな感じで、とりあえずコーヒースタンドパルキはオープンした。
少しずつではあるが、知り合いの方を中心にお客さんが訪ねて来てくれる。田舎での生業づくりの第一歩がスタートした。


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