生活に必要なものは何か②

生活に必要なものを「食べ物と寒さをしのぐ」というベーシックなものにまで削ぎ落し、そこから次に必要なものを積み木を重ねるように加えるという発想をもちたい。そうすることでいままで特に気にしなかったけど、自分が抱えていた不要なものを選別できるのではないだろうか。

田舎に住むと、農作物を自分で作ることで、ある程度の食を賄うことができる。
贅沢な料理はできないけれど、味付けや調理を工夫することで飽きずにご飯を食べることができるし、バリエーションを増やせる。なにより自活力を高めることにも繋がる。

自活力を高めるとはどういうことか。僕はこれを「生きていくことに怯えなくていいスキルを身につけること」という風に解釈している。

生きていくことに怯えることなど、果たしてあるのだろうか。
実は結構あると思う。

「そんなことで食べていけるのか?」
この言葉の正体はなんだろう。
もし畑で農作物を生産し、それを料理したり保存食にするスキルがあれば、額面どおり「食べていくこと」ができるということになる。
だが、ここで問われているのは経済力のことだ。お金で苦労しないだけ稼いでいるのか、と問われている。
では、お金をしっかり稼いでいないと苦労するのだろうか。

だから、僕はこの問いをこのように返してみたい。
「たくさんお金を稼いでないかもしれませんが、食べていくためのスキルを高めています。そして不要なものを持たないようにしました。だから不安はありません」と。

僕は田舎に移住することで収入が減ったとしても、都市部で働いていた頃と同等、あるいはそれ以上に手元にお金が残ると考えている。もちろん出ていくお金が減るからだ。

たとえば、家賃。僕が移住する那須町だと、東京の家賃の3分の一以下で暮らせる。
それから子育て。東京では待機児童の問題で、私立の保育所に月あたり6帖1Kの家賃くらいのお金を支払っている人だっている。田舎ではまずそのお金は減らせるだろう。

たとえばフィットネスクラブの会員。その仕事に従事している方には大変申し訳ないが、これは僕にとってお金を払う必要のないものだ。もちろん、楽しく続けられるというモチベーションは上がるかもしれないし、友達もできるかもしれない。「教えられることが全然違いますよ!」とインストラクターの方に怒られるかもしれない。

だけど、田舎にいれば都市部にいるよりも車や人ごみにストレスを感じることなく、自然のなかで毎朝散歩やジョギングや自転車を走らせることができる。しかもタダ。
食べ物だって、自分で作ったものを多く食べていれば健康にもいいし、それだけ将来的な医療費負担のリスクを減らせる可能性も増す。

不要と思えるものに、疑問もなくお金を支払っていた以前の生活を考えると、それこそ食べていけるのか不安になるかもしれない。そしてその生活を可能にするだけの仕事量を求められる。過重な仕事には精神的な負荷がかかることが多いから、健康面に不安を残す。

そんなことを考えていくと、食べていけるかどうかは人それぞれが選択するライフスタイルによって大きく変わるわけだから、その問い自体があまり意味を持たないという気がしてくる。

先行きが不透明な時代であればこそ、自活力を高めることが生活する上でのリスクヘッジになるとは言えないだろうか。田舎であっても、いや田舎だからこそ、生きていくことに怯えなくていいのだと思いたい。

つづく。


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