家主が作った庭を歩く。

冬になるとほとんどの葉っぱは落ちるし、旺盛に伸びてくる草に頭を悩ませることもなくなる。
山全体を覆っていた緑が鳴りをひそめて、土の表面があらわになり、庭の地形がはっきりと把握できるようになる。

よく晴れた暖かい日だったので、庭を散歩してみた。
すると、夏場には気づかなかった、裏山へとつづく道があることに気づく。
通常、裏山へ行くには家の西から回り込んで道を登っていくのだが、東側にケモノ道くらいの細い登り道があったのだ。

これは、この家の主だった大家さんのお父さんが作った道だろう。
亡くなられたお父さんは趣味人だったらしく、庭に今もその痕跡をみることができる。
伸びた植栽に埋もれるように、頭だけのぞいた石灯篭。昔植えられたであろう木々は紅葉をはじめ、桜、柿、梅、柚子、キウイなどが今も花や実をつける。
竹林の前には小さな古い石碑がある。関東地方の田舎でよく見かける馬頭観音だろうか。
馬頭観音は豊穣を願う農耕の神として祀られていたらしい。

ケモノ道をしばらく登ると、裏山の広い平坦地に出る。
テニスコート2面くらいの広さがあるこの場所は、ツタ植物が絡まった鬱蒼とした山に囲まれている。家の人以外誰も訪れることがない、秘密の裏山。1本の小さな桜の木があるこの場所で、春に花見をするのも面白いかもしれない。

帰りは西から伸びる苔の絨毯のような道を降りてきて家に帰ってくる。
つまりお父さんは家から裏山へ、ぐるりと回遊できる庭を作っていたのだ。

僕の家がある場所は、山中を切り開いた集落で、別荘住宅を含めて10軒くらいの家が建つ。
いつからここに人が住み始めたのだろうか。この家に住んでいたお父さんはもういないので、
詳しいことはよく分からない。お父さんがどんな人だったか、ということは近所の人に聞いた断片的なものだ。

そんなことをぼんやりと考えていたら、突然、知らない車が坂を上ってきて家の前に止まった。
降りてきたのは、2人のおばあちゃんと運転をしていたおじいちゃん。

第一声に「お孫さんかい?」と言われた。

「いえ、4月に東京から来ました」

伊王野の稲沢という地区に住む方で、この家の主であったお父さんと親交があり、何度もここに遊びに来ていたのだという。

「久しぶりにこの辺に来たから、寄ってみた」のだそう。それも約20年ぶり!
とても愛嬌のある田舎のおばあちゃんという感じで、とても明るい。

「ちょっと家を見てもいいかい」というので、上がってもらった。
田舎の人は突然家にやって来て、いい意味で遠慮なく家にも上がる。
僕もヨメさんもこうしたことがちょっと楽しい。

「懐かしいな〜」といいながら、思い出話を矢継ぎ早に話しだす。
この家の主だったお父さんは、とても豪快で面倒見のいい人だったらしい。
とてもお世話になったのだそうだ。

「あんたたち、いい顔してるから安心したよ。お父さんもきっと喜んでるよ」とおばあちゃんのお墨付きをいただき、お茶会を楽しんだ。

家というのは、面白い。
そこに家がある限り、他人が移り住んで新しい歴史が生まれる。
人が生きる時間は圧倒的に短くて、家も里山の景色もほとんど変わらずにずっと残っていく。


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