飛騨古川に行ってきた。


いまから4年前、「JOIN 移住・交流イベント2012」で岐阜県と飛騨市の移住相談ブースを訪れた。
アポなしで取材をしたにも関わらず快く対応していただき、県内の自治体から特徴的な取り組みをしているいくつかの団体を教えてもらった。
なかでも興味が抱いたのが、飛騨市にある「飛騨里山サイクリング」を運営している株式会社美ら地球(ちゅらぼし)。
飛騨の里山をガイドライダーの案内で自転車で巡るツーリズムを展開している。

◎過去の記事はこちら
http://ijyu-daisakusen.com/ijyusyawo-shiritai01/

東京に住んでいた2012年当時、僕の移住先はまったく決まっていなかった。
そして現在、那須町で自転車を使った地域振興の仕事をしている。
これも何か不思議な縁なのかもしれない。

飛騨里山サイクリングの事務所があるのは、飛騨古川。
白壁の土蔵が立ち並ぶ街並みが江戸時代の情緒を感じさせる古川を、この夏再び訪れた。
目的は里山サイクリングの視察のため。

里山をただ自転車で走るだけで、商売になるのか。
そういう声は那須町にいても聞く。
これは田舎から若者が出ていく理由と、どこか関係しているように思える。

那須町で言えば、芦野や伊王野という里山で育った若い世代の人たちが、黒磯や西那須という便利な町なか、あるいは宇都宮、東京などの都会に出ていってしまう。
理由は不便だから。仕事がないから。

たしかに地元で働いている人たちは、自営業かその2代目が多い。
仕事を求めて都市部に行くのは当然だろう。
しかし車で黒磯や西那須まで30分でアクセスできるのに、若者は里山からお店が多くて便利な町に引越してしまう。
里山にある空き家はとても安いお金で借りることができるし、畑で野菜を作ればその分支出も減る。それなのに、なぜ里山に住まないのだろう。

生まれ育った土地のしがらみを面倒に感じているのかもしれない。それは僕のような移住者にはわからないことだ。

飛騨のそばが飛び切りうまかった。

ただ、もう少し里山のよさや価値を見つめる生き方があってもいいのではないだろうか。
そういう価値を感じることができれば「里山をただ自転車で走るだけでお金になる」ことが分かってくる気がする。

飛騨古川に来るのは今回で2度目だが、前回訪れたのは里山サイクリングと移住系雑誌ターンズが企画した冬のツアーで、しかも運が悪いことに記録的な豪雪の日と重なった。
朝新宿を出発したバスが飛騨に到着したのは、その日の真夜中。
当然、飛騨の自然を十分に知ることはできずに翌日解散となり、良くも悪くも忘れられない思い出になった。里山をサイクリングするツアーに参加した今回、実質的に飛騨の自然を知る初めての機会といえる。

ツアーの参加者の7〜8割りは外国人観光客。日本の伝統的な文化や風土、自然の美しさを伝えるのに、とても適した場所だなと改めて思う。古民家が多く残された古川の街並み。
瀬戸川には約1,000匹ともいわれる大きな鯉が泳ぐ。

古川の町を流れる瀬戸川を鯉が悠々と泳いでいる。見どころのひとつだ。

那須にも芦野という宿場の歴史をもつ街道があるが、残念ながらこうした情緒はない。
でも、里山の景観は負けず劣らず那須もすばらしいんだな、と再認識した。
自転車で走るのに気持ちいい田園や、松尾芭蕉が俳句を詠んだ遊行柳など、名所・旧跡も点在している。

飛騨里山サイクリングは、気持ちよく走ることのできるコースをガイドの方が丁寧に説明しながら、案内してくれる。
外国人にとっては、新しい発見だらけだろう。
だけど日本人にとっても、里山は知らなかった生活の知恵や食文化教えてくれる場所に違いない。
そこに、これからを生きる僕たちにとっての、大きなヒントが隠されているのだ。



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