後編―KENPOKU ART2016 茨城県北芸術祭に行ってきた。


2日目 海のアート作品を訪ねる

日立駅近くのビジネスホテルに宿泊して、2日目の朝。
今日は県北の東側、日立市、高萩市、北茨城市の3市町村を海岸線沿いに北上し、海のアートを満喫しに行く予定だ。

2日間とも好天に恵まれた。太平洋からの風が少し冷たいが、朝の日差しが体を暖めてくれる。
最初に訪れたのは、小さなプライベートビーチみたいな海岸に立つ「うのしまヴィラ」に展示された AKI INOMATA の作品。「やどかりにやどをわたしてみる」という生態展示は、3Dプリンターで出力した世界の都市を模した殻を使い、やどかりに棲まわせたもの。ユーモラスな作品に思えるが、自国を出て異国に移住せざるをえない人々の姿と重ね合わせた、意外に社会派な作品なのだ。

日立市から高萩市へ。海岸線沿いに車を走らせる。作品を展示してある入り江など、訪れた海辺はどこもキレイだった。ゴミや海藻が打ち上げられて散乱しているような海岸ではまったくない。芸術祭のために清掃活動したのかもしれないが、そもそも海がキレイな場所なのだろう。

作品も良かったけど、とにかくロケーションがいいと感じたのが、高戸海岸のイリア&エミリア.カバコフの作品。
激しいハリケーンによって、巨大な空の絵が落ちて来たという想定のもと作られた、大御所の作品。カバコフは大地の芸術祭にも有名な作品があるが、物語を切り取ったファンタジックな作品を作り出す。
この展示場所にまず驚いた。透明度の高い海水と地平線まで続く白い砂浜。茨城の知らない魅力を知ることができるのは、芸術祭がもたらしてくれるもののひとつだろう。

次に訪れた五浦(いづら)は、関東の松島とも呼ばれ、日本渚百選にも選ばれている景勝地。ここに岡倉天心が半生を過ごした旧居跡があり、芸術祭の作品も展示されている。岡倉天心は東京芸術大学の前身である、東京美術学校の設立に貢献した人で、ボストン美術館の中国・日本美術部長を務めた。岸壁には岡倉が設計した六角堂があったが、残念ながら2011年の震災で津波に流されている。今ある六角堂は翌年に再建されたもので、当時と変わらない景観を楽しむことができる。

その後、いくつかの作品を訪ねたりしながら、北茨城市にまで到達。那須へと帰ることにした。
茨城県と栃木県は方言も文化も似通ったところが多い気がするが、茨城県の大子町から那須町へと渡る途中には、八つの谷に分かれた山容から空海が名付けたと伝わる八溝山があり、地勢的に海なし県と海あり県を隔てている存在のような気がする。
つまり、山が深いとそこに人は住めないから、必然的に山のこっち側とむこう側の2つに分かれて里が形成される。そこに県境のような統治の境目ができるのではないか、と。

ケンポクに来てみて、改めて地方の芸術祭の楽しさと意義を感じた。
芸術祭の旅は、地図を見ながら多くの場所を訪れることができる。ひとつの目的地に着いたら作品を観賞し「さて次はどこ行こうか?」と地図を見る。作品が展示されている場所は必ずしも観光名所ではないが、意図的としか思えないような美しい場所に置かれていたりする。そこに作品がなかったら、一生訪れることはない地元民の道を走り、「確かこの辺のはず」と探っていると、突然芸術祭のノボリ旗が見えて「あった!」となる。これが楽しい。

お昼時になれば、せっかくだからと名物が食べたくなる。今回はヨメさんのリサーチで、大子町でしゃもの親子丼、五浦であんこうのドブ汁を食べた。しゃもは鶏に比べ身がしまってコリコリとした食感が美味しく、ドブ汁はあんこうの肝と味噌の濃厚な味を楽しむことができた。

ピンポイントな観光地への旅ではなく、ローカルな点と点を結ぶことで、土地の魅力をいろいろな角度から感じ、縦横無尽に移動する旅なのだ。実際、僕は芸術祭というイベントによって引き寄せられ、企画者の意図どおりに茨城の魅力を増幅させられてしまったのだ。

海と海産物が好きなヨメさんは、この旅で茨城に魅了されてしまい、「またすぐ来たい」と言っている。那須の山の中に住んでいるけれど、まっすぐ東に行けば海にたどり着くことを知ってしまったのだ!

それにしても芸術祭は地域の人の理解と協力が欠かせない。「ここには何もない」と言われていた土地に多くの人が訪ねることで、地元の人が地域に誇りと資源の豊かさを感じ、受け入れる側として芸術祭を楽しむことができたら、これほどの地域振興はないだろう。

都道府県の魅力度ランキングで今年も最下位の47位に終わってしまった茨城県だが(栃木県は46位!)、これはひとつの指標。ランキングで土地の魅力は測りきれないのではないだろうか。

海か、山か、芸術か?



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