第6回 広大な庭と古民家。宝みたいな家はある

夏を迎えた那須で家探しを再開

右のこめかみを伝って、水のような一筋の汗が垂れてきた。

今年最初の夏日となった週末、東京からの高速バスで道の駅「友愛の森」に降り立つ。
那須高原から那須湯本方面へと向かうメインストリート、那須街道。次第に標高が高くなっていく街道沿いには観光客が立ち寄るお洒落なカフェやパン屋、雑貨屋などが立ち並ぶ。この界隈は別荘住宅が多い地域だから、物件を扱う不動産業者も点在している。

毎月1回から2回、週末を使って那須を訪れているので、7月に入り不動産会社を訪ねてみることにした。
那須に移住することを決めたときから、不動産会社で家を探すことは全く考えていなかった。業者が管理する物件は当たり前だが資産価値があり、管理するための相当な額が見積れる家だから、予算オーバーだと思っていた。自分が探しているような家は、業者には全くウマ味がないはずで、扱ってはいないだろうと。

観光客に人気のカフェなどが点在している那須街道

家を購入するならば、200万円台が理想だ。もちろん空き家や中古物件の話だが、これは田舎では現実離れしているわけではない。平均的な価格は倍以上するだろうが、格安の物件は実際に存在する。

だけど、最近は予算オーバーだとしても、家が良ければ候補に入れてもいいかなと考えている。おそらく200万円代の空き家は修繕が必要だから、住める状態にするには、倍くらいのお金がかかる可能性がある。そうなると結局お金はあまり変わらないかもしれない。
だとしたら、家と周りの環境がよければ、不動産業者の扱う物件にも可能性があるかもしれないと思ったのだ。
それに、もしかしたら知り合いのよしみで管理を任されている格安掘り出しモノ物件がないとも限らない。
最近那須町に来ることが多いので、家の場所を聞けば、どんな雰囲気の所か想像がつきやすいのも、物件探しをスムーズにしてくれる。

那須街道の近くでセルフビルドらしい小屋を発見。最近はスモールハウスが注目されている

まず那須街道近辺の不動産会社を訪ねてみたが、最初の2軒は想像どおりの結果が待っていた。
紹介された物件は例えばこんな感じだ。
森の中の中古別荘住宅、450万円。よくよく物件情報を見ると、管理費やら私設水道の契約金とかでプラス100万円くらい掛かる。
自分たちでリノベーションができるような家のイメージを伝えると、そのような家は修繕費を含めると1000万円近く掛かってしまうので、むしろ安く土地を買って、フィンランド産のセルフビルドのログハウスがいいですよと勧められた。

当然というべきかもしれないが、人に家を販売するのなら、キレイで快適で街中へのアクセスがよいということが、売りになるのだろう。自分にとってはあまり重視していないポイントがセールストークの中でちょこちょこ登場する。
それよりもこちらが重視しているポイントを伝えると、営業さんは代替案を提案してくれるのだが、どれもお金がしっかりとかかってくる提案ばかりだ。

やっぱり難しいのかなーと思いながらも、もう1軒訪ねてみた。
お店の男性にイメージを伝えると、「1軒イメージに近いのがあるけど行ってみますか?」とのこと。
さっそくお願いすることにして、車に同乗させてもらった。

那須町の端まで来たのは初めて。向こうの山はもう福島県だ

初夏の田園風景が広がる街道をひたすら東に走る。
那須町は福島県の最も南に位置する白河市と隣接している。那須街道から30分くらい東に走り、黒川という川まで行き着くと、川の向こう岸は白河市という、県内端っこの集落に到着。たぶんこの集落の生活環境は、買い物も含め那須というより白河市にベースがあるのだろう。白河市の市街地から10分という距離のバス停の目の前にあるのが、空き家となっている元町会議員の方のお屋敷だった。

上)元町会議員だった方の空き家。広くて立派だ 中)目の前は田園風景が広がる 下)空き家とはいえ、柱や梁はしっかりとしている。キレイにすれば十分に住める

里山らしい田園風景が広がる美しい集落の立派な建物。町会議員さんだった方のお宅なので、古いとはいえ柱も梁も立派なものを使っている。庭には倉庫と小さな水路から水を引き込んである池、畑をしていたと思われるビニールハウスの跡。道路の反対側には、釣りや川遊びができそうなキレイな黒川が流れている。すべてキレイにしたら、さぞや立派な住まいになるに違いない。町営水道が利用できることも魅力だった。

営業の方に聞くと現在の販売価格は600万円強で、完全に予算オーバー。ただし、買い手はなかなか見つからないし、価格は結構下げられますよと言っていた。とりあえず予算のことは別にして、検討してみることにした。

ビニールハウスの骨組だけが残された一角。雑草を抜いて土を変えれば畑として利用できそう

用事のため那須に来れなかったヨメと後日写真を見ながら検討したのだが、かなり気に入っていた。2人で住むには少し大きいかもしれないが、家も庭も立派で申し分ない。周りの環境もとても美しい。
少し気になるとすれば、集落が他地域に比べてうら寂しい感じがすることだろうか。広大な森に覆われた街道が突然すっと開けて田園風景が広がる場所にあり、若干孤立した感じを受ける。ここでよそ者が本当にやっていけるのだろうかという気がしてしまう。向かいにはすぐお隣さんのお宅があり、ポツーンとした家ではないことも少し残念だ。

営業の方はすぐには買い手はつかないから、ゆっくり検討してくださいと言ってくれた。

個人には持て余す広さの古民家があった

翌日は空き家の紹介をお願いしていた地元の方と会う約束をしていた。
両親が那須に定住してから知り合った方の縁で、空き家を探していただけることになり、いくつか案内してくれることになっていた。

話はそれるが、那須街道という道はいわば那須高原のメインストリートともいうべき街道で、観光シーズンになると渋滞で道が塞がる。
そういう時期には地元の人は那須街道に入るのを避ける。実は那須の魅力というのは、観光客がさほど通らない道にこそ魅力があると思っている。そこにはおしゃれなチーズケーキ屋さんもパン屋さんもカフェもない、ただ田園が広がるだけの道なのだが、そこがまた気持ちいい。

その方にまず車で案内していただいたのは「りんどうライン」というまさに田園が広がるだけの街道沿いの古民家。
目的の家は別にあったのだが「すぐに住めるような所じゃないですけど、一応見てみます?」と言って立ち寄ってくれた。

那須町にはあまり古民家を見かけない。でもある所にはあるのだ

美しい余笹川の目の前に建つ古民家。遠くからも望める茅葺にトタンを被せた赤い屋根が近づくと、その大きさに圧倒される。
家の前庭は雑草が伸び放題になっているとはいえ、だだっ広い。畑のスペースを確保してもまだまだ余裕がありそうな敷地の広さだ。脇には石造りの蔵と古びた離れの木造家屋が建っており、目の前を流れる美しい川でいつでも川遊びができる。お隣とあまり近接していないのも理想的だ。

ひと目見て「ここだ!」っと思いかけた。
立地も家の雰囲気も申し分ない。どうにかならないだろうか。そう思って家の周りをうろちょろしながら写真を撮りまくった。しかし、興奮を抑えて冷静に家を確認してみると、徐々に現実的ではないという気がしてきた。

アイディア次第でモダンな空間にも生まれ変わりそうな室内。お金と労力があればの話だが

母屋の古民家の建具はすべて取り払われて、外から室内がむき出しになっている。しかも全体の柱がななめに傾いているので、大工さんに頼んで全体を引っ張り起こして水平を取らないといけない。それくらい傷んでいるのだ。
もちろん、柱も梁も立派な太い木材が使われているので、キレイにすれば家としての機能に問題はないのだが、なにせ古民家だ。
普通の日本家屋をリフォームするのとはわけが違う。
おそらく地元の青年団やら、行政やら、古民家再生に造詣の深い大学教授のゼミだとか、一定の人数が参加することのできる団体がお金と時間を掛けてリフォームに取り組むような規模の家なのだろう。とても個人の移住者が太刀打ちできるものではない。

畑以外にも、いろんなことができそうな広い庭。まさに理想的

「おそらく業者でリフォームしたら1000万円はかかるでしょうね。お金はすごくかかると思う」と案内してくれた方。
さらに残念だったのが、ここが空き家になった理由。
十数年前、那須に大規模な水害があった。
たぶんこの古民家が建ってから初めてのことだったのだろうが、目の前の余笹川が氾濫して、床上浸水してしまった。建具がすべて取り払われているのも、柱が傾いているのもその時の爪痕なのだ。
家の持ち主の方は現在、もう少し高台の場所に新しい家を建てて住んでいるそうだ。たぶん、家を直すお金と新しく建てるお金があまり変わらなかったのだろう。そうなれば、普通は新しい家を建てることを選択するに違いない。

石蔵と木造の離れ。都市部では考えられないことだらけだ

めったに起こらないことかもしれない。もしかしたら、生きている間に一度も起きないかもしれないが、大雨が続いて川が氾濫したら、いつまた水害の影響を受けるかもしれない場所だというのは間違いないのだ。

もしこの家が古民家ではなく、小さな平屋の日本家屋だったら、僕はこの家を借りる決断をしたかもしれない。
いつ起きるかもしれない水害は心配だが、もしそうなったらその時また考えればいいと思ってしまうくらい、この家はロケーションも含めとても理想に近かった。

結局、この日も心が決まる家に出会うことはできなかったのだが、一つひとつステップを踏んで、出会うべき家に近づいていく感覚を勝手に感じている。このまま、この延長線上に求める家が待っているような気がしてきた。


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