3回目の3.11を迎えて。


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東日本大震災が発生した2011年3月11日から、丸2年が経とうとしています。
以前にも書きましたが、僕は2011年の4月と6月の2回、被災地宮城県石巻市と女川町という町を訪れ、ボランティア活動をしてきました。
当時のことは今でも鮮明に思い出すことができます。(※震災ボランティアから学んだこと)
被災から1ヶ月しか経っていない4月は、まだ町なかに泥だらけの家や車が折り重なるように道をふさいでいたり、電気の止まった水産加工工場から、腐った魚の匂いが立ちこめる酷い状況でした。

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いま振り返ってみて、原発事故の被害も含め、あの震災は被災地だけの問題ではなく震災以前・以後と語られるように、僕たちの生活の隅々にまで大きなインパクトを与えた出来事だったと思います。
僕がこのブログで書いてきたように、地域のためにできることはなにかと考えたり、自分と家族にとって豊かに生きることを模索しはじめたのも、この震災が大きく影響していることは間違いありません。
平和で経済成長を遂げた国に産まれ育ち、いままでリアルに感じることができなかったこと。それは人がちょっとした運命の成り行きで、いとも簡単に命を落としてしまうということを、実感したことでした。
「この先、こんなことがやりたいな」という漠然とした夢を考えがちな僕が、いますぐに実行できることからはじめよう。時間は無尽蔵にあるわけじゃない。そう思えるまでずいぶんと遠回りをしました。今年僕は40歳。活動的に動ける年齢を60歳までと考えると、僕に残された時間はあと20年しかありません。「長いようで意外と短いゾ」そう考えているのです。

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被災地で出会った人たちはいま何をしているのだろうか。
たまにそう考えることがあります。泥だらけのお宅で、家主の人と一緒に泥をかき出したときの記憶は、ずっと忘れることができません。僕は毎年この日が来るたびに、被災地での日々を思い出すと思います。
今当時の写真を見ると、ものすごい惨状にあらためてびっくりします。当時は壊れた家や車にカメラを向けることが、被災地の人に失礼ではないかと躊躇したことがあります。
しかし、被災地の人の考えは全くの逆でした。
「写真をできるだけ撮ってほしい。そしていろんな人に見てもらいたい」
そういわれました。だから、ボランティアの合間にいろんな場所で写真を撮りました。
人間はどんどん忘れる生き物だと思います。だから、当時撮影した写真をたまに振り返りたいと思います。

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