震災ボランティアから学んだこと


被災地石巻の写真

僕は東日本大震災が起こった2011年の4月と6月の計2回、被災地にボランティアに行きました。場所は宮城県石巻市。
とくに4月というのは、震災が起きてから1ヶ月に満たない時期だったので、被害も人の表情も、そして寒さも厳しい状況でした。
信じられない数の新築の家や家具、地デジ対応に買い替えたばかりのテレビ、それらが全て泥まみれになっているのを目の当たりにしました。
家の人はそんな泥まみれの家財を捨てることができずにいました。まだ頭の中で混乱が続いているようでした。だから僕らのような部外者がゴミになってしまったモノを外にどんどん捨てていきました。この作業は部外者だからこそできたのかも知れません。そうすることで、家の人は捨てなくてはいけないのだと、諦めがついたようでした。

被災地石巻のようす

被災地石巻のようす

僕はそのとき思いました。「人間はなんて空しい活動をしているんだろう。人生の多くの時間をつかって働き、それによって得たモノたちが、一瞬にして消えていく。そもそもこの人間が一生追い求めている消費行動って、いったい何なの?」そんなふうに考えてしまいました。
僕はもともと物欲が少ないほうですが、その時からさらに減退したように思います。

被災した地元の方たちは、悲惨な状況を必死に我慢しているように思えました。でも僕たちが話をすると堰を切ったように話し始め、止まりません。
地元の方たちは僕らにいろんな食べ物を用意してくれました。まだ自分たちの食べ物も足りていないにも関わらず。
そして、僕はいろんなことを教えてもらったのです。

そのひとつが、人とのつながりほど大切にしなければいけないことはないということ。これをどう考えるか次第で、人はすごく幸せにも不幸にもなります。
当たり前に思えることですが、とかく都会で毎日暮らしていると、おざなりにされてしまうことではないでしょうか。

被災地石巻のようす

震災ボランティア

僕は震災ボランティアを終えて普段の生活に戻ってからも、このテーマに向き合って生きるようになりました。
そしてその答えを地方への移住に求めたのかもしれません。
原発事故による健康被害への心配はつきることがありません。これについてはさまざまな人がいろんな見解をもっています。
簡単に答えが出る問題ではないから、情報に踊らされず、耳も塞がず、自分が考えうるニュートラルなポジションにいようと努めています。
いずれにせよ、震災後、僕らの世界は変わってしまったということ。それは間違いなさそうです。
だからこそ、これからいかに生きるかを多くの人が考えはじめているのだと思います。



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1件の返信

  1. 11/03/2013

    […] 動をしてきました。 当時のことは今でも鮮明に思い出すことができます。(※震災ボランティアから学んだこと) 被災から1ヶ月しか経っていない4月は、まだ町なかに泥だらけの家や車 […]

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