田舎暮らしで支出は減らせるか。


僕が田舎で暮らしたい思うのには、いくつかの理由がある。
そのひとつに支出を減らした暮らしをしていきたいというのがある。

以前は気にすることがなかったけれども、ここ数年よく考えてみると余分な出費をしていたなと思うことが多々ある。
そう思って毎月の支出を点検してみると、意外と削れるお金があったりする。

ただ、それでも東京に住んでいると、少なくないお金がどうしても出ていってしまう。
ひとつは家賃だ。これは借家に住んでいる者にとって、避けて通ることができない。僕はいま、東京の築40年くらいの一軒家を借りて住んでいる。
断熱材など恐らくほとんど入っていない、冬の寒さが過酷な借家なのだが、それでも一軒家にしては割安だ。同じ条件の物件を探してみても、まず見つからないから寒くても我慢して長く住んでいる。

ただし割安とはいえ、10万円以上のお金が毎月家賃として出て行ってしまうのだ。
それが都市部での常識。
まず、この常識から疑ってみたい。

人口が減り続けている日本では、これから空き家はますます増えていくことは間違いない。デベロッパーは新築の物件を建て続けているが、長いスパンで見れば次第にその需要は減っていき、もしかしたら会社も倒産や大手への吸収合併が進んでいくのかもしれない。

ハウスメーカーが家をつくり続けるのは当然だ。でも、そうした企業の都合に自分が合わせる必要はないし、快適な暮らしを謳った広告に踊らされるつもりもない。そもそも家というものは、専門業者に高いお金を払わないと住めないものなのだろうか?

江戸時代の頃の日本人は、家を自分たちでつくっていたそうだ。だとすれば、たいがいのものは自分たちでつくっていたのだろう。
現代人は、そのスキルを失う代わりに、高度経済成長とともに快適で便利な生活を手に入れていった。そうした時代の恩恵を否定するつもりは全くないし、生活に欠かせないものはたくさんある。

ただ、それによって当たり前になってしまった現代の金銭感覚を、一度、見直してみる必要はないだろうか。
そうなると、真っ先に考えてみるのが住宅であろう。
僕の寒い借家のお隣りがある日、更地になり、ハウスメーカーによって家が建てられ、販売された。
販売価格はなんと4,000万円以上!

世の中にはお金を持っている人がいるもんだなーと思うが、もし30年以上の住宅ローンを組んで購入したとすれば、僕にとってはあまり羨ましい買い物には思えなくなってくる。
だって、この先30年以上も借金を背負うんだから、なんとなくこれからの生き方が決まってしまうような気になってくる。

新築のキレイな家で暮らすことももちろん、素晴らしい。だけど家の暮らし方はもっと多様でいいはずだ。
これから空き家が増えてくる時代ならば、居心地のいい住まいはもっと安価に手に入るのではないか。
その可能性は田舎にあると僕は思う。
たとえば、空き家を自分たちで改修し、家づくりそのものを楽しむ暮らしにシフトしてしまう。
家賃はたぶん、都会で借りるよりもずっと安くなる。僕の知るかぎり、不動産仲介を通さずにオーナーと直接契約できれば、東京の家賃相場より10分の1くらいまで下がってしまうこともあるそうだ。
なぜかといえば、田舎で空き家をもっている人は家賃収入という感覚がない。信頼できる人なら格安で貸してもいいという考えの人が多いように思う。

田舎でもガソリン代など、お金は結構掛かるという人がいる。ある意味正しいと思う。でも恐らく僕はもっとプリミティブな暮らしを目指している。
できるだけ、お金が手元から出ていかない暮らしだ。使わない暮らしといってもいい。家、食べ物、エネルギー、そのあたりを自給的なものに少しずつシフトしていく。

そうなると、当然、支出は下がってくる。支出が下がれば都会と同じだけの稼ぎは必要なくなる。それどころか、東京にいたときよりも毎月の貯金が増える可能性だってある。
これは、都会生活の支出の多さを考えると、信じられない話ではない。住宅ローンや家賃の支払いに加えて、待機児童の問題で民間に子供を預ければ、さらに1Kの家賃くらいのお金が毎月掛かってくる。そして、それを賄えるだけのお金を稼ぐために、都会で働くという構図になっているわけだ。

出ていくお金が多いことは大変だな、と純粋に思う。
家庭にお金が入った瞬間に、別の人の所へお金がもっていかれてしまう。そのお金のなかには、必ずしも生活に必要ではないものがあるのではないだろうか。

だから、支出を見直し田舎で自給的な暮らしを実践していくことができれば、都会にいるより貯蓄が増えるし、仕事で埋め尽くされた生活からも解放される可能性があるのだ。
これは自分の周りの人たちでもなかなか理解することが難しいようだ。理屈は本当に単純明快なのだが、いまより稼ぎが減っても幸せに暮らしていけるということが、どうしても腑に落ちないようなのだ。
自給的な暮らしは、どうせ惨めなものだろうと考えているのかもしれない。あるいは仕事にかける時間を減らすなんて、人としてよくないという考え方が根強いのかもしれない。
しかし仕事を精いっぱいやることと、どれだけ時間を掛けるかということは、分けて考えてもいいはずだ。

現代的な金銭感覚のマインドセットを、一度見直してみれば、今よりも豊かな生活が手に入るかもしれない。
僕はその可能性を田舎に求めている。



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